湊かなえ『母性』

初めて読んだ湊かなえさんの作品でした。(ほとんど本を読んだことがないので当然ではありますが。)

論文の参考図書をカゴに入れたまま本屋の中をぶらぶらとしていたところ、ふと目に留まったのがこの「母性」というタイトルでした。

「作者は湊かなえさんか、聞いたことあるな」と購入を決意。早速その日から読み始めました。

(※以下ネタバレが含まれる場合がございます。ご了承下さい。)

 

物語はいきなり事件の報道の場面から始まります。内容は「17歳の少女が中庭で倒れているのが発見された」というもの。

いきなり事件か、なんともミステリーっぽいな、とわくわくしてページをめくると、突然「母の手記」が始まりました。小説初心者の私は「なんだなんだ!?」とこの展開にさらに好奇心を駆り立てられてしまいました。

読み進めていくと、どうやらこの「母」は神父に告白の文章を書いているようで、この手記においては、母がどのように娘を育ててきたのかが時系列順につづられています。

ふむふむ、なるほどと読み進めていると、次に突然始まったのは「娘の回想」。

今度は「娘」の視点から、母の手記に書かれているのと同時期の出来事について書かれていました。

その後は「母の手記」と「娘の回想」の二つの視点から、交互に同じ出来事について語られ、物語が進んでいく、という構成でした。

 

さて、この小説を読んでの感想なのですが、

「愛とは何か考えさせられた。」

私の感想としてはこれに尽きます。「愛」だの「恋」だのといった言葉は世の中に蔓延していますが、私たちは本当にその言葉の意味を理解して使っているのでしょうか。よくドラマなどで耳にする「愛している」というセリフを聞くと、私はいつももやもやとした気持ちになります。

ほんとうにそれは愛なのか。愛とはいったい何なのだろうか。

いままでも何度か考えてきたものの、ぼんやりとしたイメージしかわかずにいましたが、『母性』を読んで少しそのもやが晴れたような気がします。

この物語では「母」「娘」がともにお互いのことを想い、愛したい、愛されたいと願いながらも、行動が裏目に出たり、想いとは裏腹な行動をとってしまいお互いを傷つけていってしまいます。

相手を想うだけでは足りない、相手のためを想って行動しても届かない、もっとあなたを「愛したい/愛されたい」のに…

物語からはあふれんばかりの切なさと、もどかしさを感じることができました。本当はとこうできたらいいのに…。「愛」ゆえに苦しむ登場人物の姿に私の心も動かされました。

 

これから私は、自分の愛する人には、愛を伝えていかねばならないと思いました。

しかしそれは「愛している」などという言葉によってではありません。物語の一節で特に印象に残っているフレーズに「後ろめたい気持ちがあるからこそ、大袈裟な言葉で取り繕う」というものがあります。つまり、「愛している」と言葉で言うときは、弁明をするような場面が多いのではないでしょうか。

薄っぺらい言葉を伝えるのではなく、きちんとコミュニケーションをとる。相手を思いやるのはもちろんのこと、敬意をもって接することが必要なのでは…そんな風に感じました。

私は、愛は無償の愛(アガペー)であるべきだと思います。いくら相手に尽くしても、相手に見返りを求めているうちはまだまだだなと、自分でも反省している次第です。

 

最後はなんだか宗教チックになってしまいましたが、今日はこの辺で終わりにしたいと思います。『母性』、一読の価値のある本だと思います。まだ読んでいない方はぜひ。

 

2019/1/13 ぽんでりんぐ記す。